2013.3月「拝包・二十四節季を描く」作品展の時(その2)

作品展のテーマは自然、四季の中でのお地蔵さまの物語です。

私がその時、一番好きだった絵が「忘咲地蔵」。忘れたころに咲く花、このピントが外れた感じが大好きです。心に執着があるうちは、中々欲しいものが手に入らない。だけど神様や仏様は、人が執着という煩悩の克服の勉強に、そんないたずらをよくするように思います。特に私には。(被害妄想かもしれませんが)

忘咲_額入

「忘咲」と書いて、「さずかり」と読みます。丁度そんな感じがこの絵にはあります。絵の画角としてこの絵は特にお地蔵さま(道祖神)が小さい。緑がきれいな初夏のイメージでしょうか。この季節の太陽の日差しは紫外線が強く、すこし女性には敬遠されそうですが、この暑さの中に、爽やかな、そして涼やかな風を想像します。この風が私の肌には、それこそ「さずかり」なのです。自然の中で、太陽の暖かさも、爽やかな風も、暖房器具や扇風機のような人工的なものではない、恩恵そのものです。

それともう一つ違う視点でこの絵を見ますと、道祖神は、峠などの道が二つに分かれたところにあったそうです。右にいくか、左にいくか、道標だったそうです。目的があり選んだ道が間違いであれば、目標の場所へは行けません。だけど知らない場所へ行くことが間違いではありません。そこで得ることがあるはずです。むしろ想像していなかった素敵な出会いがあるかもしれません。

当時、この絵を見て、そんなことを考えながら、人生を考えてみました。吾子が寝静まったあとお酒を飲みながら。

コメントはお気軽にどうぞ